体中から針が摘出された奇病(随筆集・兎園小説より)

 新右衛門町(現・東京都中央区日本橋)に在住のむねさん(44歳女性)の体中から、針が摘出されたという奇病について調べて参りましたのでご報告させて頂きます。

 先ず、むめさんは、牛込袋町(現・東京都新宿区袋町)に祖母と母との三人で、洗濯などを請負ながら生活していました。むめさんの兄、友次郎(47歳)は、九歳の頃から代地金次郎店に住み込みで働いているそうです。

 むめさんは、下谷小島町(現・東京都台東区小島)へ赴いた際、松屋次助と親しい間柄になりました。同年10月、次助が新右衛門町の薬屋へ引っ越したので、むめさんも一緒に住むことになったそうです。
 度々薬屋では、畳から床までが濡れているという奇怪な出来事があり、加えてその頃、むめさんは陰部が腫れる持病を患っていたそうです。
 ある日、むめさんは気分が悪くなったので風呂に入ったところ、手足やそれ以外の部位に痣のような腫物ができていたので、次助に薬を施してもらいながら暫く様子を見ることにしました。12月中頃、むめさんは手、足、膝に痛みを感じたのですが、翌日には痛みが引いたので、大した病気ではないと思ったそうです。

 大晦日、むめさんは住み込みで働くために、神田お玉池御用達町人である川村久七の屋敷を訪れました。それから2、3日すると、むめさんは食事が喉を通らないほどに具合悪くなりましたが、そのまま暫く仕事を続けたそうです。
 同月9日9時ごろ、むめさんは痛みに耐えられなくなり、屋敷の人々に具合が悪い旨を伝えました。屋敷の人に痛む部位を見てもらったところ、乳の下の皮と肉の間に、針のような異物が見つかったので、屋敷の人は皮膚をつらぬいて異物の先を出し、異物の先を爪でつまむように摘出しました。同様に2日掛かりで、首筋から1本、膝から2本、陰部からは3本の針が摘出され、何れも錆のない絹針だったそうです。
 同席していたむめさんの母親は、娘の奇病について全く心当たりがないと言います。そして、体の右側には何もないのに、何かが当ってくると不思議そうに言っていたそうです。
 その後、外科に来て貰い治療をお願いしたところ更に4、5本の針が摘出され、同月13日の朝には、長さ6センチほどの錆びた木綿針が摘出されたそうです。

 その後、むめさんは屋敷に居辛くなってしまったので、新右衛門町に戻りましたが、具合は益々悪くなるばかりだそうです。

 これは、狐狸(人を化かす妖怪)の仕業ではないでしょうか?

前世言霊(あとがき)

 体中に針が生じ、激痛が走るという現象で苦しんだ人物が江戸時代に居たことは驚きであり、気の毒に思います。数日に渡り、その現象を目の当たりにした人物が数人居るので、実話であることは間違いなさそうです。誤って針を誤飲してしまったのでしょうか?それとも、何かの拍子に針が陰部に入ってしまい、時間を掛けて体を巡ったのでしょうか?後者であれば、恥ずかしくて理由を言い出せなかったのではないかと素人ながらに思います。

 もし、この奇病が超常現象によるものならば、畳から床までが濡れているという奇怪な出来事があったので、水辺を好み、針を扱う妖怪の仕業であることが想像できます。それでは、水辺を好み針を扱う妖怪とはどんな妖怪でしょうか?忍者が針を扱うことは有名ですが、忍術を扱える水辺の妖怪と言えば河童です。江戸時代以前、河童は水軍忍者や盗賊のような化け物と考えられており、遭遇すると奇病にかかるとも言われていました。

 むめさんの前世が水軍忍者で、その時の因果応報である可能性はなくはない、少しはあるかな。

前世滝沢馬琴

参考:兎園小説 国会図書館蔵 ※当時の印刷技術などにより判別不能の文字が多いため参考形様にしました。

2022年08月05日